東栄町に残る「水久保」
地域の方から情報をいただき、東栄町のとある石碑を見に行きました。場所は東栄駅から南へ歩いて国道へ出た丁字路です。
石碑をよく見てみると「従是右水久保遠山道」と書かれており、対して側面は「従是左本郷信濃道」というように、左右それぞれの道の行き先を示していることが分かりました。

通りがかった住民の方にお話を伺うと、石碑に正確な年代は書かれていないものの、江戸時代には存在していたものではないかとのこと。当時から道が大きく変わり、石碑も移設されていることから左右が示す方向は若干ずれています。
この石碑からはかつて水窪に「水久保」という表記も存在したこと、また古くから道しるべとして石碑に地刻まれるほど、水窪が代表的な地点であったことが伺えます。
